MBA留学日記 University of Colorado at Boulderとその後
MBA留学日記。2006年7月からの2年間の学生生活とその後の東京生活。個人的なブログであり、公式なものではございません。
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I'm alive
先ほど、最後の科目の成績発表があり、何とかSurviveしました。
取り急ぎご報告申し上げます。来学期もきっついっす!
New Mexicoから帰還
今日はRatonから帰るだけにしておりました。朝8:30に出発、家に着いたのが1:00位だったかな?雪も無く快調でした。家に帰って走行距離をチェックすると約1,100mile…。1,760kmって日本だったら大変な距離ですね。でもこっちでは時速130-140kmで行きますのでそれも可能なんですね。

帰宅後は掃除・洗濯・明日のシャトルバスの予約、などをしておりました(まだ継続中)。あと、買ってあった鶏肉の調理方法を考えて、消化していかなければ…。卵は完食。野菜もほぼ完食。OK! 家賃も払ってきた。車を洗おう(洗車マシーンにて)と思ったのですが、かなわず…。汚い車のままですな、年始にやります。
明日の荷物とか全く手をつけていません。これからですな、でも9時には寝たいなあ。明日は4:15出発ですので…。

30日に八田さんの墓参りに行きます。その後は濱口塾の忘年会。私の運命次第でこの二つのイベントが明るく迎えられるのかどうかが決まってきます。帰国後に即チェックだなあ…。GPA…。っていうか、成田でチェック…。心臓に悪い!

Oh my God <-- キリシタンではありませんが…。

現在の予定:
29日帰国 =>そのまま病院へ祖母の見舞い。
30日関西 =>八田さんの墓参り =>夕方から川口能勢にてパーティー。
その後未定。
New Mexico 3日目:
今日はAlbuquerqueのThe Indian Pueblo Cultural Centerに行ってきました。
http://www.indianpueblo.org/index.cfm?module=ipcc&pn=1
ここはNative Americanの歴史を紹介しています。今は19部族がそれぞれのPuebloに分かれて住んでいるそうです。言語も多少違い、独特の文化が発展していったようですが、元々の考えは一致しているようで、どうも、人類は4-5の階層を経て、今、私たちが住んでいる地上に到達したと考えているようです。案内のおばちゃんに「階層って地下から上がってきたということか?」と聞くと、「そんな感じ」といって幾つかの絵を見せてくれました。そこには人類の源が地下にあり、地上に背が高めの草が生えています。その草から人類が広がっているというSpiritualな絵なんですが、要は地下から人類は来ているという思想が分かる絵でした。

私はPuebloというのは昨日行ったタオスのPuebloのように、
直径15cm程度の丸太を組み合わせて作った藤棚の枠のようなものに、粘土(川底から取るそうです)と藁(これはスペイン人が教えたそうです)を混ぜて、レンガを作った、またはそれを組み合わせたところにセメントのように粘土を塗って造った家(5階建てのビルもあります)のようなもの
と思っていました。

しかし、歴史をみると…。
元々、原住民は岩肌を背に(または岸壁みたいなところと思います)、レンガを積み上げたマンションに住んでいたそうです(8C-13C位)。ところが、水不足の発生と共に移動を開始し、それぞれが分かれて村々にすんだそうです。で、スペイン人が来て圧政をひいたようです。でも、一度完全に追い払ったようですね。再度スペイン人がきた時からは仲良く暮らしたとなっています。

ところで…。
アメリカ人のインディアン迫害についてはほとんど説明がありませんでした。これ如何に?
まあ、そんなもんなんでしょう。でもちょっと寂しい限りです。その辺も知りたかったので…。

その後、明日のDrive軽減するために北上、Ratonというコロラド・ニューメキシコ国境沿いの町に移動し宿泊します。Best Westernという所謂Motelですな。宿泊すると、意外にきれい。63ドルとちょっと高めなのですが、安全には変えられません。ここにはHot Tubというジャグジーのおもちゃみたいなのがありました。写真とりましたので今度はっつけます。

そうそう、実は今回の旅行は非常に深い思いが詰まっています。その感情は押尾コータローの曲とともに高まるのでした。この曲は八田さんが好んで弾いていたものです。八田さんはアメリカへの思いが非常に強く、元々はロスアラモス研究所で働こうと思っていたそうです(無茶ですが…)。その後も日本にいながら英語の勉強は継続し(常人では考えられないレベルでやっていましたね、なにせGREが敵でしたので…)、ラテン語(英語の語源)にも手を染めはじめていました。そのロスアラモスと思うのですが、昨日はサンタフェ近郊にある町のそばを通りました。今日はRoute25を北上。地平線に消える道。テーブル状の山。広がる草原。そういう風景の中を一緒に旅行しようと話をしていました。また、アメリカの大都市のバーで一緒に酒を飲もうとも語っていました、小野原(大阪府箕面)で…。その風景が目の前に広がっているわけです。うっすらと目に涙がこみあげてきましたが、85マイル(136km)、速度制限は75マイル(120km)で走っているのでグッとこらえて前を向いて走っていました。

あと、タコスをこのRatonという町のしがないレストランで食べましたが…。これが美味!タコベルが餌に思えます。マリネートされた肉は美味い!これは当たりでした。
明日は帰るだけです。早めに出て昼頃につくと嬉しいのですが…。

そう言えば、アメリカに着てから初めて自分の意志でTVをみました。今更ですが…。

New Mexico 2日目:
Toas pueblo あれ?9時からって聞いていたのに11時からOpen…。
しかも今日は12時からにするって。まあそんなもんなんでしょう。ちょいといってきますわ。

すると今日は写真撮影禁止だそうです。なんでも特別な日なのでダメとのこと。Native AmericanにもChristmasは特別な日なのか?と思いつつ、Puebloへ。あっ、ちなみにPuebloとはスペイン語で住居の意味だそうで、スペイン人が到来した時にNative Americanの家を見て、Puebloってそのまんまやん!
創意工夫が全く見られん…。まあ、いいんですがね。

写真撮影はできなかったのですが、Special Eventsをみることができました。
一つ目は“なまはげ“。この日、村の若男衆は民族衣装と化粧をしています。10名くらいの徒党をくみ、”ウホウホ“叫んで村の中を闊歩しています。そして、各家に入って行き、何かやっています。やっているか不明←一応聞いたんですが教えてくれませんでした。多分、大したことはやっていないと思いますが…。ところが、小さな子供(観光客にも)をみると近づいていき、HGばりの甲高い声で”フォフォフォー“を連発!たちまち、小さな子はお母さんに抱きついてしまうのでした、フォー!
この男衆、村の若造を見つけると川へ連行し、冷水を浴びせるという強制行水の慣例でした。また、ある家ではこの男衆に供物をささげていました。
この村は小川を挟んで2集落あるのですが、反対側の集落に走って行き、供物を配るという儀式を行っていました。最後のはともかく、なんとなく日本の儀式に似ている感を覚えたのは気のせいでしょうか?
その後は車を飛ばして南のAlbuquerque(アルバカーキと読みます)に到着。このOld Townというスペインが作った当初の村の形を保っている集落(今は芸術家たちの活動場所になっています)を見物。今日はクリスマスなのでどの店もやっていません。しかし、マクドナルドもバーガーキングも全ての店が閉まっている!
ということでご飯もホテルの飯になってしまいました。
明日は博物館に行った後、サンタフェ、そして宿泊はRatonという州境に近い村に行きます(翌日の疲労軽減のため)。

New Mexicoへ。 一日目:Toas
昨日、2時ごろ思いったって、旅行に行くことにしました。
元々、台湾人のクラスメート(女性で、彼女は恐らくKick-Outされてしまう見込み)を誘って、2・3日ドライブ&観光+今後のことについて、人生についてお話しようと思っていました。というのも、彼女はまだ自分が正直見えていないようで、今回のkick-Outで目標を完全に失ってしまう(元々、目標というほどの確固たるものを持ってはいないようですが)と思われたのでした。まあ、私も苦難の道を辿ってここに来ているので、いくつかは役に立つお話ができるのではと思っていたのですが…。
彼女は引っ込み思案というか、Shyというか、あと一歩踏み出すことができないように見えます。アジア人の典型で、日本人の気質とも非常に近いですね。私も自分が(アメリカ人の中に入っても)Out Goingな人間だということがわかりましたので、私の尺度を基準に置くのはいかがなものかと思いますが…。しかし、「踏み出すことによって得るもの=踏み出さないと失うもの」と考えると、踏み出さないのは損以外の何ものでもないと思われます。ただし、踏む出すのにはPower(胆力)が求められますが…。
知力が少なく、胆力で生きてきた私。踏み出すことのすばらしさを伝えたい(彼女は25歳なので、今からでも何でもできるわけです)。彼女の夢や目標を再度見出させて、そこに向かうPowerを引き出させたい。こう思い(彼女も南のほうに行きたいといっていたので:ちなみに彼女は免許がないので誰かと一緒でなければいけないのです)声をかけたのですが、結果的には残念なことに…。もちろん、強く誘っているわけではなかったのですが、彼女の回答は「みんなで日帰りスキーに行こう」とのこと。

私、「????、お前…、何??」という感想。
南に行きたいんじゃなかったの??私、一人でなくても誰かを誘えといったのですが…。その後、台湾人の友人(Allen:男)夫妻に声をかけたようですが、彼らも忙しく…、しかし、彼女とAllenの会話では「一人でも行ける」と言っていたそうです。私、彼女と話す前にAllenと話をしていたのでその辺のことも聞いていたのですが…。つまり、彼女はAllen夫妻に気を遣って、一人でもいけると言ったわけです。そういう意味ではアジア的な気が回る子なんですが、それって本心じゃないわけです。Shyになる理由はわかりますわ。?クラスメートの男と二人で旅行に行くのに気が引ける、?数日間、英語しか使えない状況に陥る(彼女は授業以外では台湾・中国人の友人と中国語で生きていますので…)、?Kick-Outがほぼ確実のなかで複雑な心境である。※?について、私、今回はエロ精神皆無で正に人として旅行する(ぶっちゃけ、性欲とか全く起こらない)つもりでしたので、ベッドが別で部屋が別で当然OKなのです。
しかし、残念。これで彼女はまたChanceを失ってしまったわけです。しかし、Skiに行くという案、どっから出てきたんだ??あと、Allenと話をしたのが前日ということ。彼女は回答をすると言っていたので、自主性に任せて待っていたのですが、昼になっても電話が来ないのでこちらからコンタクト。で、得た回答がSkiということだったので、全く彼女の意思がわからなくなってしまい…。連絡の遅さにもちょっとなあ…。

あまりにアホらしくなって、「付き合ってられん。」と思ったので、「うーん、上手くタイミングが合わなかったねー。」と社交辞令的に話を切って一人で旅行に出ました。冷蔵庫のものを片付けて(一時間で料理して持参)、3時半に出発。目指すはNew MexicoのTaos。Hotelとっちゃったから行くしかない!←アホ。
出発直後に雪が降り出し、BoulderからDenverの30分の間で既に吹雪に…。まあ、南のNew Mexicoに行けば平気だろうと思いつつ、Route25を南進。すると…、超吹雪!マジで大丈夫??Denver→Colorado Springs間ですでに制限時速75マイルの道を35マイル走行。路面凍結、でもNormal タイヤ…。そこを抜けると雪が無くなり、75マイル走行に!快調だぜ!と思いながらNew Mexicoに(ここまでで4時間半)。
しかし、ここからが大変だった!Route25から分かれて64号線にいくと道は広く、快調!!あれ?Taosまで90マイル…。150km位ある…。しかも真っ暗。誰もいない。むちゃ寒い。大丈夫かよ!と思いながら進むと、来ました!山道、雪道です。箱根ターンパイクばりのうねった道。道は新雪で滑りやすそう。道は暗いし、誰もいないし…。めちゃ怖かった!その道を1時間半かけて抜けるとなんとか普通の道に。結局、Taosのホテル到着、11時PM。彼女が朝に電話をくれていれば昼に出て7:00にはついていたものを…。と思いつつ。

とかいうことで、今日はTaosのPuebloを見て、更に南のアルバカーキという町に行きます。



プロフィール

Keigo

Author:Keigo
千葉県出身37才男:千葉南高校・明治大学卒業後、石油化学メーカーに9年間勤務。
2006年7月より私費にてコロラド大学MBAに留学。
良い製品を世界に広げられるメーカーをつくるべく、MBAを志望。エリートらしさのかけらもないMBA学生生活とその後を発信。
帰国後は外資系化学メーカー勤務。でも、やっぱりエリートらしくない…。



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