MBA留学日記 University of Colorado at Boulderとその後
MBA留学日記。2006年7月からの2年間の学生生活とその後の東京生活。個人的なブログであり、公式なものではございません。
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久しぶりに。
最近発見したのですが、八田さんのねたで書かれているブログを発見いたしました。この方は阪大医学部の学友の方で、中国からの留学生。ブログは当方から研究室に送ったメールを引用して書かれておりました。で、中国語で書かれていたため、当方の友人に日本語訳をお願いし、若干の文法事項の修正を加えたのが下記の文です。

残念なのが、書かれた方のお名前等が分らなかったことですが、この方のお話は前々から(八田さんより)伺っておりました。

八田晋滋さんを悼む
朝、圧迫感の中で会議が終わりました。それからメールをチェックしたら、びっくり。
八田さんという、かつて私の左側に座っていた大学院生が、24日にこの世を去りました。心の底から沸いてきたもの悲しさがで私の目を潤いました。八田さんは腸内免疫疾病を罹っていました。自分の病気の原因を解明するため、また自分と同じ病気の患者を治療できるために、彼は医学部を受験しました。
彼は私と同級生です。来たばかりのときから彼と隣人になりました。日本に来たばかりのため、関西弁になれなくて、ときどき何をしゃべっているのかを分からなかったです。なのに、よく話してくれる彼が好きでした。日本語の練習にもできるから。外観からみると、彼がひどい免疫システムの疾病にかかっていることは分からないんです。彼は、とても活発で、活力があって、とても積極的な人です。たまに体調不良で一日休みます。
入学した年の8月に、彼は手術を受け、腸の潰爛した部分を切り取りました。病院で約1ヶ月入院して、彼は再び実験を始めました。しかし、天気がだんだんと寒くなってきて、体の調節能力はますます衰え、休みの日も増えてしまいました。冬になって、体がさらに悪く、とうとう先生が彼に退学することを勧めました。
退学を勧められるということは、当時、彼がどんな気持ちだったのか分からないが、きっと非常に沮喪したでしょう。なぜなら、実験は彼にとって学位を取得するための仕事だけではなく、人生の目標のためだから。恐らく、そのときから彼は自分の残りの命が長くないということに気付いたのでしょう。あとから聞いたが、その後、彼は京都大学の院生に受かって、自分の夢のために研究し続けていました。
まさか、このような訃報が。
来世、彼は疾病に苦しまないよう、健康で楽しく生活するように祈ります。


ということでした。
※八田さんは京大病院に入院をされていたのであって、院生ではありませんでした。彼は病院にいるときでも学術論文を読み、その病気の治癒に少しでも役立てようとされていました。あと、この時点では彼は余命短しとは感じていなかったと思いますね。ただし、私が出国した7月11日、この一週間前には最後のお電話を頂いたのですが、(その時には呼吸することに大きな負担を感じられていたようで)今生の別れを感じられたのかも知れません。

彼は私の中では今でも生き続けています。実際に自分の苦境の時には必ず登場する人物です。まあ、彼を思い出すと手が抜けなくなりますね、正直。昨年の学業の苦悩を乗り越えたのも彼の存在があったからでしょう。いやー、腸の潰瘍で40度の熱を出しているのにステロイドと座薬うちながら勉強する人の姿を思い出したらそうなると思うね、誰でも…。

まだまだ当方の人生にも苦悩がありそうですが、頑張ります。

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掘り出し物の写真
今日はSpecialな写真を紹介します。

恥を忍んで私のDancing!を公開します…。
いや、この写真が唯一、私と八田さんが一緒に写っている写真なんですね。この写真は2005年の夏に元々の英会話の先生のFreddie(ギター弾いている人)のLiveに行ってきた時のものです。この頃は若干体調が上向き(でも当日はそんなに調子よくなかったはず)の時で、このLiveにお誘いしたわけです。大阪の小さなバーでやっていたものなんですが、両者を会わせたいという意図もありこの場に連れ出したのでした。

Freddie氏の生徒ということもあり老若男女が来てLiveを楽しんでいたのでした。いやー、八田さんとはBandもやってみたかったですねー。まあ、今日はこの写真で一周忌のブログとしたいと思います。


Freddie Live 1


Freddie Live 2

なんとも寂しい週末です。
今日は午前中に博物館関連の仕事をちょろっとして、午後は昼寝したりだらけていました。なんともいえない寂しい週末に感じるわけです。

いや、カレーのせいではありません。やはりこの一年前の訃報のためですね。実際には24日だったのですが、私はその訃報を月曜日に聞いたんじゃなかったかな?よくわからんけど一年が経ってしまったという感がしますね。

最近、このブログを読んでくださっている方々に少し紹介させて頂きますが、昨年に私の親友だった八田さんがなくなられたのが7月24日でした。彼からは留学予備校の関係で知り合ったあと、苦しい受験準備生活のときにご指導・励ましを頂いたのでした。元々、超健康体だった彼は大学院卒業後に企業に数年勤めたのですが、ベーチェット病という免疫病にかかり大変な闘病生活を送っていたのでした。免疫関連の病気は非常に難しくなすすべがないという感じでしたが、彼は自分の病気をなおずべく米国の大学院を目指して勉強していたのでした。結局、受験はされたもののアメリカのTOP校しか受験しなかった(というかそこしか受ける意味がなかった)ため、全敗されたのですが、同年に阪大の医学部(博士課程)に合格。ですが、半年後に病のため研究継続困難と教授に判定され(確かに大変ではあったのですが)退学処分に…。

と、ざっと書きましたが…。彼は高熱の状況でも努力し続けるんですよ、これが…。ステロイド飲んで、座薬打ちながら勉強するんですよ。40度の熱で動けない体で研究しに行くわけです。

まあ、去年に結構書いておりますのでその辺りを見て頂けると分かるのですが、すさまじい人でした。

彼とは将来、一緒に会社を作ろうと言っていたのですがそれが思い出されると非常に寂しい気分になるわけです。実はこのブログのアドレスにもなっているUbicmatechという造語は彼と考えたものでして、ubiquitous(q→cに変えていますが)とMaterial+Technique(que→chに変えています)が元の言葉です。いいたかったのは高機能材料が世界中で使われるように、そういう高度な技術をバックに持つ会社をつくろうという思いがあるのです。汎用化は人類の生活レベルの向上という理念につながっており、私のプロフィールに書かれているのはこのイメージがあるわけです。

八田さんとの約束に自分はどのくらい近づけているのか…。いやー、まだまだ足りんなあとおもうのです(って昼寝している場合じゃないって…笑)。でもね、必ず達成しますので、この目標は。
ご出産おめでとうございます。
大阪の英会話時代に親しくさせて頂いていたSさん:カナダに嫁いでおります。
無事ご出産をされたようです。出産後にメールをもらったのに、本人からかと思って返信をしましたが…、当たり前のように旦那からでした。

下記に連絡頂いた内容を添付します。
Het Keigo, sorry this is such a short message but yesterday we had a baby girl :) 3,907 grams. Her Name is Jessie Miyu Hanson. Talk to you later,
Darrell

Keigoの発言: Congratulation! You are Mother!!3,907 gram is Big Baby right?Great!

Sorry You are Father! Ha, ha. In your good time, please show me your baby to me. And please tell her "Congratulation!".

と非常に怪しげな英語でかいてありますが、そんな内容でした。

今日は2005年5月18日のメールの続きです。
体調はともかく、心情的には前回より大分ましになってきました。高野さんと話していると勇気が湧いてきます。負けずにあきらめずにがんばります。
しかし、私はやはり貧乏性ですね。なんだかんだと言いながら、多少過労気味でも働いている方が気分の乗りがちがいます。
もちろん週7回フル回転は私の身体では望むことはできませんが。そしえさらに分かったことは、確かに映画翻訳自体には興味はありますが、部屋に閉じこもってという仕事は章に合わないようです。やっぱり外を飛び回って人と仕事をするのが好きなんですね。
そういう意味では研究職も性に会っていなかったのかもしれません。文章を書くのは好きなので、それはまた別ですが・・・。
とても医学部のドクターコースで研究をしていた人間のセリフとは思えないですね。悲惨な結末に終わりましたけど、早く気がつくことができてよかったのかもしれません。

今日は久々に前向きなメールを送らせて頂きました。いつも励ましてくださってありがとうございます。いつか恩返ししますから。
不動産や周りの件時間が都合つくようでしたら、ご同伴のほどよろしくお願いいたします。
それでは失礼します。
私は病気には負けません!


八田 晋滋
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今日は2005年5月18日のメールの続きです。
このころはいろんな事件が重なって大変だった時期です。数日前に八田さんの部屋を訪問し、Short-term / Long-termに分けていろんなお話をしておりました。体調の関係もあり、またこのころは小野原を離れて実家近くのどこかに引越しをされることを考えられておりました。折角なので、新居で個別指導をされてはどうか、コストはこのくらい。収入にはこのくらいの価格設定。こういう個別指導のビジネスはアメリカでの需要はないのか(日本の大学に入りたい、帰国子女をTargetにしたBusiness)。将来、そういうBusinessモデルは作れないのか、などなど。

話が広がり可能性を見出すというのはモチベーションにつながります。そんなんで勇気を持って頂くことができたのだと思います。

しかし、八田さんはいつも、「本当は研究が好きではない」と言っていました。やっぱり弱いところを埋めないと次の飛躍にはつながらない。という考えのようでした(これは同感です)。よく、大人になって職業を選ぶときに「自分の適正」に合った職業を、といいます。基本的にはあっていると思いますが、大人になったってまだまだ努力の糊しろもありますし、そこを埋めると次にやるべきことが見つかってきます。トライアスロンのように、凹んでいる分野を伸ばしていく、継続した努力が必要と思います。

最後の言葉は効きますね。彼はいつも、どの行動もこの決意を持って、悔しさを持って動いていたのだと思います。これだけ彼を大きく凹ませる要因があるにもかかわらす、更に前を向こうとするわけです。人はいろんな理由で精神的なダメージを受けることがあります。でも、彼のレベルにある人は多くないと思いますね。みんな、苦しいときでも前を向いて頑張りましょう☆



プロフィール

Keigo

Author:Keigo
千葉県出身37才男:千葉南高校・明治大学卒業後、石油化学メーカーに9年間勤務。
2006年7月より私費にてコロラド大学MBAに留学。
良い製品を世界に広げられるメーカーをつくるべく、MBAを志望。エリートらしさのかけらもないMBA学生生活とその後を発信。
帰国後は外資系化学メーカー勤務。でも、やっぱりエリートらしくない…。



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